生体制御療法による治療効果をあげる条件についての基礎的研究と考察
物理刺激の深さについての研究
高木健太郎(当時名古屋市立大学長)・黒野保三(当時学術大会事務局長)は、昭和48年(1973年)4月28日から5月18日までの20日間、日中国交回復後初めて中国医師団を招聘し、鍼麻酔の学術交流を名古屋・関東・関西等で行なった。そのことにより、日本に鍼麻酔ブームが巻き起こった。
黒野は、昭和50年(1975年)鍼麻酔のメカニズムを検証する目的で研究を行い、その結果を「人体皮膚知覚に及ぼす鍼麻酔の影響」と題して、日本生理学会に報告した研究1)の予備実験として合谷穴の深さについて調べたところ、次のような結果が得られた。
合谷穴刺激により胸部・腹部の痛覚、温覚、触覚、冷覚、圧覚の閾値上昇度を調べる研究の予備実験として、合谷穴の位置・深さを定め、再現性刺激が同じ点に与えられることを試みた(図1)。すなわち、合谷穴に対し1mm~12mmに至るまで1mmづつ刺入し物理刺激反応を調べた結果、5~7mmの深さで最も閾値の上昇度が高くなった(図2)2)。
図1
図2:ヒト合谷穴物理刺激時における腹部での痛覚閾値の上昇度
写真1:ウサギの合谷穴に相当する部位に
鍼尖で筋膜上に圧刺激を加えている電顕写真
そこで、合谷穴での5~7mmの深さは、組織学的にいかなる部位かを調べた結果、写真1に示すごとく筋膜に相当する部位に鍼尖で圧刺激を加えた位置であることが示された。このことから筋膜上に圧刺激を与えるような物理刺激が効果的であろうと推察され、この手法を筋膜上圧刺激8)と称することとした。
そこで、基礎研究(神経生理学的)として、犬精巣ポリモーダル受容器の受容野に対して、鍼尖で鞘膜に圧を加える刺激を与える場合の反応と、鍼尖で鞘膜を貫く刺激を与える場合の反応に相違があるか否かを調べた。鞘膜に圧を加える程度の刺激を弱刺激(非侵害刺激)とし、鞘膜を貫く刺激を強刺激(侵害刺激)と推定7)して、双方の刺激反応を比較検討した(写真2)。
写真2:ポリモーダル受容器の受容野に物理刺激を加えている実験風景写真
筋膜上圧刺激の反応性についての研究
ポリモーダル受容器に対して、3.2g/mm2、6.4g/mm2、12.7g/mm2、25.5g/mm2のフォンフレイ(ナイロン糸)で物理刺激を与えた。刺激時間は、1秒、5秒、10秒、15秒に分けて3回繰り返して行い、その反応性を比較検討した。
その結果は、図3、4、5、6、7に示すごとくである。縦軸は反応性を表し、横軸は刺激時間・回数を表す。3.2g/mm2、6.4g/mm2、12.7g/mm2、25.5g/mm2のいずれの物理刺激も1秒(つまり単刺術)の反応性が一番高いことが確かめられた。また、5秒、10秒、15秒と物理刺激の時間が長くなるのと、グラム数が重いほど反応性の低下率が高くなることも確かめられた。
図4
図5
図6
図7
この結果から、物理刺激がポリモーダル受容器を介しているものと考えると、物理刺激の筋膜上圧刺激は短時間の方が有効性が高いことと、反応の持続性があることが確かめられた。
次にラットの筋ポリモーダル受容器の物理刺激に対する反応性を調べた結果を図8、9に示す。9例の平均で、20gの筋膜上刺激を5回繰り返し与えたところ、反応性は安定しているが、60gの筋膜上刺激を与えた場合では、5回の繰り返し刺激による反応性は減弱していることが確認できた。
図8
図9
また、ラット骨格筋でのポリモーダル受容器の分布については犬精巣ポリモーダル受容器の受容野の同定からすれば、筋腹から腱へ移行する部位に多く分布していると推測される。したがって、経穴学に記載されている手足の要穴の分布との関連性が深いことが示唆される(図10・11)。
図10
図11
治療頻度についての研究
黒野らは、昭和50年(1975年)「人体皮膚知覚に及ぼす鍼麻酔の影響」と題して、日本生理学会に報告した研究1)の予備実験時に、月曜日の被験者を水曜日に再度被験者に試みたところ、月曜日の物理刺激反応が残り、正しいコントロールが得られず被験者とすることが不可能であった。金曜日には月曜日と同じように正しいコントロールが得られ、被験者として起用することができた。
以上の結果から、月曜日の物理刺激の効果が水曜日にはまだ残存しているので、潜伏加重現象を起こさせる物理療法を行うためには、治療頻度は最低でも週2回以上必要であり、週1回の治療頻度では物理刺激の効果が加重していないものと考えられる。
東洋医学研究所ョでは、治療頻度は毎日あるいは隔日として、最低週2回以上、中2日以上あけないことを原則としている。
※加重現象
加重(刺激の):2つ以上の刺激による効果が重なり合って単一の刺激効果より大きくなることをいう。例えば筋収縮については単収縮が加重して強縮となる。加重の起こり方は刺激の刺激間隔により著しく相違し、両刺激が適当に隔たっているときに最も効果が大きい。一つ一つでは無効な刺激もいくつか重なり合うと有効になり反応を引き起こすことができる場合がある。これを加重現象という3)。
また、等間隔で週2回以上の治療頻度で物理療法を行うということは、潜伏加重現象を引き起こすことを目的としている治療法である。すなわち、潜伏加重現象とは、月曜日に物理刺激を行い、火曜日は無操作のまま月曜日の物理刺激を潜伏させ、水曜日に物理刺激を行うことを仮説として立てている。
短期治療型と長期治療型について
・短期治療型:1クールを7回とし、3クール以内(21回以内)で治癒すると考えられる疾患に対する治療を短期治療型とする(主に急性疾患)。
・ 長期治療型:3クール以上(21回以上)治療が必要であると考えられる疾患に対する治療を長期治療型とする(主に慢性疾患や内科系疾患)。
(社)全日本鍼灸学会研究委員会不定愁訴班作成の不定愁訴カルテでは、効果判定基準の中に、治療期間は最長3ヶ月以内で効果判定をすることとしているが、現実的には3ヶ月以上治療を必要とすることがしばしばである。出来る限り治療頻度は毎日・隔日又は週2回以上とする4)。
不定愁訴に対する生体制御療法の効果の推移を図12に示す4)。
図12
主な基礎研究
・薬物肝障害に対する鍼治療の効果についての実験的・電子顕微鏡的研究(第1報) .日本解剖学会雑誌.1977;52(2)(中部地方会):188.
・FINE STRUCTURAL ANALYSIS OF ACUPUNCTURE MECHANISM IN TREEATMENT OF MOUSE LIVER INJURY CAUSED BY CARBON TETRACHLORIDE.日本臨床電顕学会誌.1979;11(5・6):493-494.
・鍼刺激の人体免疫系に及ぼす影響(その1).日本鍼灸治療学会誌.1980;29(2):22-27.
・針刺激の生体免疫系におよぼす影響(その2).自律神経雑誌.1980;27(1):235-238.
・針刺激のヒト免疫反応系に与える影響(Ⅲ). 全日本鍼灸学会雑誌.1983;33(1):12-17.
・鍼刺激のヒト免疫系に与える影響 特にリンパ球比率と機能の変化について.医道の日本1984;43(10):26-33.
・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(Ⅳ).全日本鍼灸学会雑誌.1984;34(1):23-27.
・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(Ⅴ).全日本鍼灸学会雑誌.1986;36(2):95-101.
・鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(Ⅵ)-β-endorphinと細胞性免疫能の検討-.全日本鍼灸学会雑誌1988;38(4):386-391.
・生体の防御機構と鍼灸医学.全日本鍼灸学会雑誌.1991;41(1):234-244.
・ストレプトゾトシン糖尿病ラットに対する鍼治療の効果(1).全日本鍼灸学会雑誌.1996; 46(2):80-84 .
・その他
文献
1)黒野保三.人体皮膚知覚に及ぼすハリ麻酔の影響.日本生理学雑誌.1975;37:291.
2)黒野保三.経穴に対する主観的考察.医道の日本.1986;500:340-5.
3)南山堂 医学大辞典 P302
4)黒野保三、石神龍代、皆川宗徳.不定愁訴症候群に対する鍼灸治療の検討.東洋医学とペインクリニック.1995;25(1・2):28-39.
5)黒野保三、石神龍代他.生体防御機構と鍼灸医学.全日本鍼灸学会雑誌.1992;42(3):228-33.
6)黒野保三、皆川宗徳.鍼治療効果をあげる条件についての基礎的研究と考察.東北鍼灸学会雑誌.1995;29(16).
7)Koda, H., Mizumura, K., 2002. Sensitization to mechanical stimulation by inflammatory mediators and by mild burn in canine visceral nociceptors in vitro. J. Neurophysiol. 87, 2043-2051.
8)Kurono, Y., Minagawa, M., Ishigami, T., Yamada, A., Kakamu,T,. Hayano,J., 2011. Acupuncture to Danzhong but not to Zhongting increases the cardiac vagal component of heart rate variability. Autonomic Neuroscience: Basic and Clinical.161,116-120