1973年3月31日発行 名古屋タイムズ 「よろず対談」
≪話す人≫
東洋医学研究所®所長 黒野保三
≪聞く人≫
本社編集局 小野田和美
―花の四月、あなた方の学会の総会が名古屋で開かれるそうで。
黒野 はい。開きます、正式名は、第二十回日本鍼灸学会総会並びに学術大会ということです。全国から医師、歯科医、鍼灸師など、関係者約千人が、二十八、二十九の両日、名古屋大学内の豊田講堂に集まります。
―名古屋市立大学高木健太郎学長が会長とか。
黒野 そうです。高木先生が大会・総会の会長。準備委員長が名古屋市立大学第一生理学堀田健教授、私が副準備委員長でやります。プログラムは各分野での研究発表や、その道の権威者による特別講演などが中心です。北は北海道から、南は沖縄までの、そうそうたる先生方が一堂に会しての総会・大会ですので、相当な成果が期待されますし、それだけに準備の方も、あだやおろそかにはできないのです。
―ハリってなんですか。
黒野 ひと口にいいますと、ハリとは、三千年の昔からずーっと続いている東洋の中心医学です。東洋医学といっても、いろいろありますが、大別すると、物理療法と薬物療法のふた通りになるんです。薬物療法は文字通り、薬草などを使っての漢方薬療法。もうひとつの物理療法というのが、ハリなどを使うものです。
―両方とも大いに効き目があるわけで。
黒野 ありますとも。なかったら何百年も、何千年も続いていきませんよ。それなのに、こんないいものを、“民間療法”だとかなんとかいって二義的、三義的にしか考えない体制がおかしいですよ。一般の人も、ハリというと、神経痛とか、肩こりぐらいにいいと思っているようですが、とんでもないことです。ハリは、万病にきくんです。例えば、かぜ、胃腸病、現代のイライラ病、むちうち症などにも効果があるんです。要するに総合内科の一部で各科と関連があります。
―西洋医学との違いは。
黒野 私も、西洋医学のよさは十分認めています。また、効果の大きいことも認めるのはやぶさかではありません。しかし、私がここではっきりいいたいことは、東洋医学も、決してこれにヒケをとるものではないということです。例えばですね、現代のイライラ病をとらえてみましょう。これは、ご存知のように、人間関係が複雑でうまくいかないとか、電話交換手のように極度に神経を酷使するとかが蓄積された結果の病気ですが、大半の医者が診断の結果、精神安定剤のようなものをくれるわけです。しかし、この精神安定剤というものは、長く続けたり、大量に使用すると、やがて人間の脳細胞を破壊する結果になりがちなんです。それでかえって、頭がおかしくなるんです。ところがですね、これを、ハリ療法でやりますと、一週間か、十日ぐらいで、効果が出てしまうんです。
―まだ、わかったようで、わかりませんが。
黒野 では、もう少しくわしく話しましょう。ご存知でしょうが、人間には動物性神経と植物性神経の二つの神経があるんです。動物性神経というのは、歩く、走る、右を向く、左を向くというった筋肉を動かすもので、これは人の意思で動くものです。ところがもうひとつの植物性神経というのは、胃とか、皮膚の感覚とか、腸といった体の内臓を支配していて、自分の意思ではどうにもならない神経なんです。ところが、この神経をハリで刺激しますと、不思議なことにこの神経がいうことをきき、体調を正常にととのえるんです。体調が整うということは、病気がなおるということですよ。東洋医学では、この植物性神経、すなわち自律神経をコントロールでき、リセットして体調を整えますから、長く続けることにより、自分の身体の内面から自然にコントロールできるようになります。
―そのツボをめがけてハリを打てば、効果がてきめんというわけ。
黒野 てきめんとはいきませんが、潮のひくように徐々によくなります。背中が痛いのは、往々にして、胃が悪いときですが、そこのツボへハリ療法をしますと、いままでたまっていた悪い血が分散してしまうわけです。驚いたとき、“ヒヤッ”として冷や汗が出るときがあるでしょう。あれも同じようなもので、これは脳波が脳の植物性神経を刺激して、体の調和を保つわけなんです。そういう回路がある以上、これを逆反射させようとするのがハリ療法。つまり、ツボを組み合わせて、いろいろの病気をなおすというわけです。もっとも、これは現時点では科学的に証明されていません。高木先生や私どもが、これを科学的に理論づけ、証明すべく、努力しているわけです。
―具体的には、どんな病気に特に効果がありますか。
黒野 胃腸、頭痛、めまい、イライラ病、ゆううつ症、ギックリ腰、むちうち症、エトセトラ・・・・・。夫婦仲のよくないのにもいいですよ。この間も、私どもですっかり自信をつけた人々が多く見えました。
―そこでひとつ、お知恵を拝借したいんですが、ガンというのは遺伝するものでしょうか。
黒野 これは私の専門外で、決定的なことはいえませんが、ガンは遺伝しないことになっています。遺伝病というのは、血友病とか、色盲とかのように、必ず遺伝するものですよ。ガンはそういうものではないでしょうか、ガンになりやすい体質はありうるかも知れませんね。
―そういえば、ナポレオンは胃ガンで死んだし、彼の妹も、兄も弟も胃ガンで死んでいますね。
黒野 そう、そう。ナポレオンは、アントマルキーというイタリアの医者が、セント・ヘレナで治療したんです。ナポレオンはそこで、五十二歳で死ぬとき“わが胃をいかにせん”といって死んだ・・・・・・。と言われております。
―最後に、東洋医学に一生をささげようというあなたの信条を。
黒野 医は仁術ということです。最近は、医は算術だなどという人もありますが、東洋医学だけは算術ではダメ。絶対に“仁術”でなければできません。ですから、私は保険の使えない部分の治療にも、最善をつくし、できうる限り早く、安くなおすことをモットーにしています。私はこれを天職だと思うがゆえに、貧乏にも負けず、売名行為をきらい、ひたすらがんばっているわけです。治療費が生活をおびやかす方は、いつでも申し出て頂きますとよいと考えております。
―清貧に甘んじ・・・・ですね。今様“赤ひげ診療譚”みたいですね・・・・。精々がんばってください。
プロフィール
昭和五年名古屋生まれの名古屋育ち。一般には知名度は高くないが、東洋医学界では、一目も二目もおかれている勉強家。患者のなかには名古屋財界のトップクラスのひともあり「元中日ドラゴンズの小川健太郎投手の弱い腰をうるおし、名投手にしたもの黒野先生」と、消息通の証言。現在日本鍼灸学会常任理事。同愛知県地方会副会長。東洋医学研究所長ほか公職あまた。「人生の縮図だから囲碁が好き」で初段。健康のためにゴルフ、ハンディ“30”。一人で楽しめるので“書”にしたしむ。「鍼灸を正しく研究して世に出したい」そして「病める人々に福音を与え社会に貢献したい」のが一生の悲願。現住所・名古屋市千種区春岡2-23-10 電話751-9144