記憶の不思議3 -プライミング記憶-  東洋医学研究所®グループ いちえ鍼療院 院長 内藤真次 平成27年9月1日号

はじめに
記憶には、様々なタイプがあります。最も単純な記憶のタイプ分けは記憶時間の長さによるものです。時間的な持続の違いから、短期記憶(short-term memory)と長期記憶(long-term memory)に分けます。短期記憶の例としてよくあげられるのは電話をかけるまでの数分間、電話番号を憶えているような場面です。電話がつながってしまえばその電話番号を憶えている必要はありません。
私達が記憶というとき最も一般的にイメージされるのは長期記憶です。長期記憶は名前のとおり年の単位で長期間憶えている記憶です。長期記憶は扱う記憶の性質の違いからいくつかに分類されています。
「4月の入学式の後、友達と駅前のカフェでコーヒーを飲んだ」といった特定の日時や場所と関連した個人的経験に関する記憶を「エピソード記憶」と呼びます。
これに対し、特定の日時や場所と無関係な記憶を「意味記憶」と呼んで区別します。「中枢神経には脳と脊髄がある」などというのも意味記憶です。
他にも、「手続き記憶」という、自転車や楽器演奏などのやり方やスポーツのルールの記憶など体で憶える記憶があります。そして、プライミング(入れ知恵)記憶と呼ばれる記憶等4つに分類されています。
今回は、長期記憶の中でも聞き慣れない、プライミング記憶についてお話したいと思います。

記憶の分類

プライミング記憶とは
プライミング記憶を説明する前に、簡単な実験をおこなってみましょう。
まずは次の文章を読んでみてください。
これは、アメリカが生んだアニメのヒーローである「ポパイ」と、ポパイがたべる「ほうれんそう」に関する内容です。

「ポパイが恋敵のブルートをなぎ倒すさまは我々に心地良い快感を与えてくれる。ポパイがブルートより圧倒的に体格が劣っているため、さらに我々の同情を誘う。ほうれんそうを食べて怪力になりそれまで全く歯が立たなかったブルートとから逆転勝利を収めるおなじみのパターンも見ている者に安心感を与える。 さてポパイの力の源であるほうれんそうが実際に高い栄養価を持つ事は周知の通りであるがこのアニメの影響は絶大で当時のポパイを見て成長盛りの子供達が積極的にほうれそんうを食べるようになったという事が報告されている。」

お気付きになりましたか?

この文章の中に、プライミング記憶の形跡をみることができるかもしれません。実はこの文章の中には「ほうれんそう」いう言葉が3回出てきました。3回目に出てきたときには、「ほうれそんう」と書かれていました。皆さんの中には気付かずにうっかり「ほうれんそう」と読んでしまった方もいることでしょう。これは、皆さんがこの文章は「ポパイとほうれんそう」の内容であるとあらかじめ意識しているから、それに近い単語を勝手に都合良く解釈してしまったのです。つまり、「ほうれそんう」という無意味な単語を読むときに、以前出てきた「ほうれんそう」という言葉を記憶していて、自分の意識よりもその記憶の方が先に文字を認識してしまうのです。このように無意識におこなわれてしまう記憶をプライミング記憶といいます。
このように普段のちょっとした勘違いを起こした経験は誰でもあるでしょう。脳はいろいろな所に記憶を振り分けてしまい、以前の記憶と勝手に結びつけて解釈してしまう事があるのです。

プライミング記憶というのは、前に入力された情報が、そのあとの情報に影響を与えるような記憶で、「入れ知恵記憶」とも呼ばれています。
自分で打ったタイピングミスがなかなか発見できないのも、プライミング効果が強く働いて先入観にとらわれるからです。また、勘違いも同じ記憶のメカニズムから生ずるといわれています。
例えば、「シカって10回言ってみて」(シカと10回言ってから)「サンタさんの乗っているのは?」と聞かれるとつい「トナカイ」と言ってしまう「10回クイズ」というのも同じしくみです。
また、連想ゲームをする前に、あらかじめ果物の話をしておくと、赤という言葉から「りんご」や「いちご」が連想されやすくなるということがあります。また、車の話を事前にしておくと、同じ赤という言葉から「信号」や「スポーツカー」が連想されやすくなります。

こうした効果が生じるのは、単語や概念が互いにネットワークを形成しているためだと考えられます。これはとても大事な能力で、ほ、う、れ、ん、そ、う、という文字を一字、一字、認識するのではなく、一瞬で「ほうれんそう」と認識する事が出来ます。ですからプライミング記憶は、自分の状況を迅速に判断するための重要な記憶なのです。

おわりに
人間は良く間違いや勘違いをしますが、脳の機能自体がとても曖昧で間違えやすいのです。ですから、如何に自分の記憶がいい加減なのかを意識しておいて、細かいことにはこだわらず、「まあ、それでいいじゃないか」と楽観するほうが、ストレスもたまらず、物事がスムーズに進むことができるのかもしれませんね。

引用文献
池谷 裕二:記憶力を強くする.講談社.2002.6