ストレスと掻破行動2 東洋医学研究所®外部主任 中村 覚
はじめに
前回のコラムでは、ストレスによる掻破行動(そうはこうどう)が「かゆみの悪循環」を生み、皮疹を悪化させるが、認知を変えることにより改善することについてお話しをさせて頂きました。
今回も引き続き「ストレスと掻破行動」についてお話しをさせて頂きます。
1.ストレスと皮膚
通常、私たちは何らかのストレスを感知して自己に危機的であると認知すると、反射的に交感神経が緊張し、直ちにストレスに対し排除または回避などの対処を試みます。しかし、事態の解決がうまくいかず、展望もなく、また援助も得られない時には、苛立ち、不安、憂うつなどの心の状態が強く続くようになります。一方で、神経・内分泌・免疫系などが反応し、個体の恒常性を回復し維持しようとしますが、それが次第に破綻をきたすと身体機能に変調が起こってきます。心身症の多くはこのような過程で発症してきます。皮膚疾患としては、多汗症、慢性蕁麻疹、円形脱毛症などが、このような心身相関が関与する疾患として認識されてきました(表1)。
皮膚は感情を表出する器官であり、常に情動ストレスの影響を受けています。さらに容貌や外観は自己像そのものであり、人間関係や社会生活上での役割も大きくなります。したがって、皮膚の異常はそれ自体がまた大きなストレスとなって作用します。また、皮膚は鋭敏な感覚器で、スキンシップという言葉に象徴されるように、皮膚感覚は快感を伴い心理状態に密接に影響します。そして、自分自身の手で直接触れることができるということが、他臓器と全く異なる皮膚の大きな特徴です。皮膚は絶えず、擦る、掻く、叩く、洗う、化粧する、剃るといった様々な行動操作にさらされています。時に一種の対処行為として、ストレスによって皮膚に対する行動操作が誘発されたり過剰になることがあります。特に掻破行動はストレスと密接に関係しています。
2.嗜癖的掻破行動
嗜癖的掻破行動とは、主に皮膚にかゆみの生じる疾患に罹患した際に、自覚症状としてのかゆみを感じていないのにもかかわらず、皮疹部位を掻く動作のことをいいます。引っ掻く動作が一種の癖となり、無意識のうちに掻いてしまい、皮疹の悪化につながり重症化するといわれています。
嗜癖的掻破行動により、皮膚には掻いた部位に一致して病変が生じてきます。急性の炎症性病変のほか、毛孔性角化や面皰形成、表皮の肥厚、色素沈着などの慢性的変化、また、表皮バリア(図1)の損傷により接触性皮膚炎や各種感染症も起こりやすくなります。いつも同じような部位を同じように掻くことが多いため、左右対称性に限局した皮疹分布を示します。
細谷は重症アトピー性皮膚炎患者の98%に習慣的な掻破行動を報告しており、槍垣らも重症アトピー性皮膚炎患者の87%に嗜癖的掻破行動を確認し、その80%にストレスの関与があったと述べています。ざ瘡(にきび)についても、林らは多施設の検討から患者の89%に掻破行動があり、掻破行動に着目したメンタルケアが治療に有効であると報告しています。また、神田らも乾癬患者においてかゆみによらない掻破行動があることを認めています。
上記のことから、皮膚に関する病変がある場合、ストレスへの対応が大切あることがわかります。
3.「掻いては駄目!」は逆効果
皮膚疾患とくにアトピー性皮膚炎は嗜癖的掻破行動がよくみられます。しかし、嗜癖的掻破行動は一種のストレス解消法でもあるため、ストレスがかかると嗜癖的掻破行動は増加します。掻くと皮疹が悪化するため「掻いては駄目」と言われるケースをよく目にしますが、そのこと自身が大きなストレスとなり、逆に掻破行動が強くなってしまいます。皮膚疾患がない人でも、イライラするときには無意識に頭を掻いていたりします。アトピー性皮膚炎患者さんにおいて、気分の落ち込みや抑うつなどがある場合、かゆみの閾値が低下しかゆみを感じやすくなることも報告されています。つまり、アトピー性皮膚炎の方はイライラなどの精神的ストレスに対して敏感になっているということだと思います。その分、ストレスへの対応が必要になっていきます。
嗜癖的掻破行動が皮疹を悪化させていることは事実であると思いますが、問題はストレスに対して敏感に身体が反応してしまうことにあります。
嗜癖的掻破行動を指摘したり、掻くことをやめさせようとすることよりも、何がストレスになっているかを探り、その対策を考えていくことが重要になると思います。
檜垣が入院中の重症アトピー性皮膚炎患者を対象に行った調査では、ストレスの主な問題は職場の人間関係や仕事の負荷などの職業上の問題が39%と多かったほか、夫婦や家族間の不和、母親の過干渉などの家庭内の問題が29%ありました。さらに進路葛藤、受験などの教育上の問題が18%、友人との不和、失恋などの社会環境上の問題が7%、転居などの住居の問題が4%、経済的問題が2%でありました。この結果からは、慢性的または日常的な問題(日常生活苛立ちごと、デイリーハッスルズ;daily hassles)、特に対人関係の問題が主たるストレスとなり、アトピー性皮膚炎の経過に影響していると考えられます。
対人関係のストレスは問題が複雑なことが多く、一人で考えていても解決する方法が見つかりにくいと思います。周囲(家族、友人、専門家など)の協力や援助、すなわちソーシャルサポートを大いに活用して、またそのことを実感することで症状が緩和されるという報告があります。
おわりに
臨床の現場では、鍼治療を受けることで皮疹が改善し、皮膚に潤いがでて、張りや艶が良くなることを目にします。また、悩みの相談を介してストレスの解消となり、症状の改善につながることもよくあります。
東洋医学研究所®グループでは、患者さんの悩みに応えられるよう日々研鑽しています。是非、副作用のない鍼治療を受け、健康な身体と皮膚を手に入れて下さい。
また、東洋医学研究所®グループでは、各先生方がそれぞれ研究テーマをもっており、地域の方に対して講演を行っています。ご希望がありましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。