痛みについて 東洋医学研究所®グループ 二葉はり治療院 院長 甲田 久士
はじめに
何とか痛みをやわらげてほしいと思うのは痛みを感じている人の願いです。では、そのためには何をどうすればいいのでしょうか。痛みとはなにか、また痛みはどのような波及作用があるのか、痛みを取り除き、健康維持、健康長寿を達成することを目標とするうえで、多くの人たちが痛みの少ない毎日を送ってほしいためにも、痛み自身を理解することが大事です。一般的知識を知っておくとともに、自らの努力で少しでも痛みが軽くなるように取り込むことが必要です。
健康な人間でも痛みを感じるとき、気分が沈んだり、些細なことでもイライラし、何かに当たる事もあります。痛みが長期間続くと「慢性痛」の状態になってストレスがたまり、さらに痛みが長引くと人間性をも変えてしまうようなうつ状態になってしまいます。痛みの感じ方にはかなりの個人差があり、その状態の表現の仕方も強さも客観的に示すことは困難です。痛みは患者さん本人にしかわかりません。
痛みとは
「痛み」とはいったいどのような感覚なのか。そう問われても、答えはさまざまです。針をさしたときの痛みは典型的な痛みの感覚ですが、腰や頭が痛くなるように感じるのも痛みですし、歯科医院で入れ歯を削っている音を横できいているだけでも痛いと感じる人もいます。「心頭滅却すれば・・・」と火種の残っている灰の上を素足で歩いていても、熱さも痛さも感じないといったこともあるようです。このようにつかみどころがないのが「痛み」です。1981年に国際疼痛学会は痛みの定義をこのように定めました。
「実際に体に障害が加わるか、見えない障害が加わった際に生じる不快な感覚や気分、そしてそのような障害があったかのように思って生じる不快な感覚や気分」
この定義から、
1) 実際にケガや病気などをして痛む。
2) ケガや病気は快方に向かっていても、そのために風が吹いても痛いような気がする。
3) 想像しただけでも痛む。
という、痛みは3つの段階を含んでいることが分かります。
通常では、この痛みの3段階のうちで一番多く体験するのが第1段階です。しかし、人によっては第3段階まで強く痛みを感じ、しかも、その痛みが長引いて家から外に出られない、会社も休むといったように生活にも影響が出てくることがあります。このように次の場面、次の状況へと波及していくのが痛みなのです。
痛みを時間の経過でとらえますと3段階の順に生じます。肩や腰・膝の痛みが長引きますと図1に示すように障害が生じます。
痛みが長期間に及びますと、痛みのために体を動かせない、動かそうとしない、その結果、体が弱っていくといった、体への影響が現れます。また、いつ治るのか、悪性の病気が潜んでいて死んでしまうのではないかといった不安がつのり、その不安によってイライラしたり、気持ちが落ち込んで目もうつろになったりと心への影響が現れます。
図1 痛みが長びくことによって現れる四つの側面
痛みが心身両面へ影響を及ぼすことにより、なんとなく元気がなくなり、外出する機会も減って社会との交わりが少なくなり、次第に食欲不振、睡眠不足など日常の行動面にも影響が出てきます。その結果、学校へ行かない、仕事を休むといったように日々の生活が消極的となり、友達が少なくなったり、収入が減ったりします。
このように「痛み」という症状は、食欲不振、咳が出る、めまいがするといった一般的にみられる病気の症状に比べ、波及効果が大きい点で際立っています。また、体・心・行動・社会の状況が、逆に痛みを増強させたり、長引かせたりすることもあります。
痛みに対する医療の挑戦は何千年もの長きにわたり続いています。それは痛みが病気の初発症状であるばかりでなく、患者さんの社会活動制限など波及作用をも考えなければならないほど重要な症状だからです。だから時間が経てば自然に治るとか、我慢できるから大したことはない、大丈夫だという考えは大きな間違いです。
体の異常を伝える警報としての痛み
「痛み」を感じることは、体を脅かす危険信号としては必要なことなのです。
1)痛みの部位(どこが痛むのか?)
2)痛みの程度(どのくらい痛むのか?)
3)痛みの種類(どのような痛みか?)
が特定でき、それによって本人の自覚が高まり、日常生活において対応ができます。また医療サイドも正しい診断ができ、適切な治療が可能になります(図2)。
しかし、痛みはいつまでも続くことがあり、不快感や抑うつ感など感情の変化を伴うこともあるのが難点です。火災報知器でも誤作用を繰り返したり、鳴り止まない場合はスイッチを切りたくなります。痛みも、警報装置としては必要なものといえますが、やはり、厄介なものです。
<痛みがもたらす精神的・社会的波及作用>
痛みの発生している部位だけにケガや病気が存在しているととらえるのではなく、精神的・社会的波及作用が次の病気を招くほど、ほかへ影響するといった性質を有しているのが痛みです。
痛みに左右される気持ちや行動
図3に示すように、ケガや神経の圧迫により痛みが生じた場合は、不安になったり落ち込んだりすることがあります。これは、痛みの影響で気持ちが揺れるというより、痛みの感覚と気持ちの揺れとが平行して動いて、お互いに悪い影響を及ぼし合うことによります。そして、痛みのために姿勢が悪くなって恥ずかしい、気力が衰えて仕事に就けない、動きたくないので家に閉じこもってしまうといった理由で社会での活動量が減ります。こうした傾向は痛みが長引けば長引くほど強くなります。
気持ちの有り様によって変わる痛み
逆に、痛みそのものも気持ちの有り様によって変わります。たとえば不愉快な思い、睡眠不足や疲れ、不安感や恐怖感、怒りや悲しみ、ちょっとした気分の落ち込みなどによって痛みを強く感じます。独りぼっちでさみしく内向していたり、会社などで不遇をかこっているときにも痛みを強く感じます。逆に、病気中でも症状が改善傾向にあるとき、休んでいたり眠っているとき、気持ちの通じ合う人と触れ合っているとき、気晴らしをして気分が良いとき、いい便りが届いたり周囲が明るくて気持ちが落ち込まないような状況のときなどは痛みを弱く感じ、ときには痛みを忘れたりします(表1)。
「痛み」は、ケガをしたり、臓器や神経に傷害があって起こるだけではありません。傷害が完治した後、どこにも傷がなくても起こることがあります。痛みの感じ方は、痛み刺激に対する個人の感受性、痛みへの注意の集中や過去の経験、周囲の環境など様々な因子に影響を受けます。
また、喜怒哀楽などの情動を痛みとして感じることもあり、治療者が痛みの身体的原因をしっかり探らずに、容易に精神的なものが原因となっている痛みと判断するのは気をつけなければいけません。しかし、少なくとも精神的因子やストレスが痛みを増幅させるのは明らかです。
鍼灸院に痛みを訴えて来院する患者さんには、私達鍼灸師は痛みに対して治療をして、痛みを軽減できても、家庭環境など患者さんが置かれている様々な状況が改善されなければ、痛みが取れないこともあります。
このように「痛み」の原因は非常に複雑です。ですから、本当に患者さんの身になって治療をすることが鍼灸師には一番大切なのです。
おわりに
原因不明の痛みを訴える患者さんは多く、患者さん自身が痛いといえば痛く、科学・医学が進歩発展しているにも関わらず原因が解明されていないのが現状です。痛みは体からの警告信号です。
痛みは慢性痛になる前に適切な治療を受けなければいけません。長引けば長引くほど痛みのほか色々な症状(不快感、不眠、疲労、不安、恐れ、怒り、うつ状態)が現れます。痛みの情報は中枢神経系(脳、脊髄)で感知し、同時に痛覚抑制系も深く関与しており、鍼治療をした後、痛みが楽になる感覚は、鍼刺激がこの痛覚抑制系に働くと考えられます。
東洋医学研究所®グループでは、東洋医学研究所®所長黒野保三先生が神経生理学・解剖学の基礎実験から証明した裏付けのある効果的な刺激方法を生体に与え疼痛疾患の患者さんの痛みの改善に努めてきました(黒野保三先生の研究業績参照)。
我慢をしても何も特はありません。痛みを感じたら我慢せず速やかに治療を受けてください。その治療法の第一選択として副作用がない鍼治療をお勧めします。また長い間、痛みで苦しんでおられる患者さんにも是非、鍼治療を勧めていただけたらと思います。
参考文献
林 泰史:肩・腰・膝 痛みのクリニック.山海堂.2003