痛みは生体のホメオスターシス(恒常性)をくずす 東洋医学研究所®グループ 二葉はり治療院 院長 甲田 久士

はじめに
 「痛み」という言葉は、一般的に、また、診療の場でよく使われますが、その本体となると、よくわかっていません。痛みは体からの警告信号ですが、早期に治療を受けないと慢性的な痛みに変わり、自律神経系にも影響を及ぼします。
今回は「痛みは生体のホメオスターシス(恒常性)をくずす」というテーマでお話させていただきます。

痛みとは何か
 苦痛をともなう感覚の一種であることは誰でもわかっているのですが、その本体や機序(しくみ)となると、ごく一部しか解明されていません。
 痛みは苦痛ですし、不快なものです。不快なものはストレスとして働きます。不快なストレスが続くと、生活そのものの質が低下し、痛みが続くと、今度は脳の視床下部という中枢を介して、自律神経系に異常が生じます。
 痛みが持続すると、自律神経やホルモンの調節を行う視床下部を介して、身体のホメオスターシス(生体がさまざまな環境の変化に対応して、 内部状態を一定に保って生存を維持する現象-恒常性)が失われ、心身の障害の悪循環が形成されてきます(図1)。

図1 視床下部が生体のホメオスターシス(恒常性)を担っている

痛みストレスは交感神経活動を介し、心臓・血管に障害をもたらす
 急性の痛み刺激は、まず末梢神経のAδ神経を刺激し、その刺激は神経を伝わり、脊髄内に入り交感神経ニューロンを興奮させ、血管運動神経のインパルスとなり血管を収縮させます。これは一種の反射です。血管が収縮すると血圧は上がります。血圧が上がれば心臓の仕事量が増えて、心臓の負担になります。
 痛みによって交感神経系の興奮が起こる別のメカニズムがあります。痛みの刺激は脊髄をのぼって大脳に達し、そこで「痛い」と感じます。痛みの刺激は「痛い」と感じると、そこから脳の深い部分(大脳辺縁系)を刺激します。この部分が刺激されると、「いやだ」という情動(感情)をかき立てます。この部分は、さらに脳の底の部分にある視床下部の自律神経の中枢に到達して、交感神経の活動を増加させます。すると全身の交感神経が興奮します。交感神経からは、カテコラミンというホルモンが分泌されます。カテコラミンは、全身の血管に作用して血圧を上げます。

痛みストレスは皮膚の血流を低下させる
 慢性の痛みが持続すると、交感神経過活動が生じ、血液の流れが悪くなるのは前述しましたが、その影響を受けやすいのが、特に皮膚の血管です。慢性痛をもった人の痛い部位の皮膚の色が悪いのはその影響が考えられます。
 慢性の痛み刺激によって末梢の血流が低下すると、皮膚の温度は低くなり少し湿潤になります。これは交感神経が興奮し、血管が収縮して血流が少なくなったためです。
また、交感神経の興奮は汗の分泌をうながしますので、皮膚が湿っぽく冷たくなります。体の一部でこのような状態が続くと、皮膚は栄養が悪くなり、次第に皮膚は薄くなり、外からは薄く光って見えるようになります。

痛みストレスは交感神経を介し、筋肉の硬直をもたらす
 交感神経の緊張によって、乳酸などが溜まると、筋肉を過剰に刺激し、筋肉は異常に収縮します。首・肩のこりや腰痛など、また手や足のこりも、こうして起こることが多いのです。血管を拡張して血流を改善させることで、多くの場合このような症状はなくなります。
痛み刺激によってこのように筋肉の過剰な収縮が生じ硬直が起こると、今度はその刺激が交感神経を刺激して、ここにも悪循環が生じます。

痛みストレスはうつ病のもとになる
 痛みの刺激は不快な情動をともないますが、不快な状態が持続すると、大脳辺縁系から大脳全体にその刺激が伝わり、うつ症状の原因になります。
うつの原因には種々のストレスがありますが、そのなかで慢性の痛みによるストレスが、大きな原因の1つになっていることが多く見られます。
また、不安やストレスで筋緊張が高まり、その結果、慢性の痛みを生じ、交感神経過緊張を招くことになります。

おわりに
 肩こりや首の痛みとこりなどの原因に、ストレスからくる交感神経緊張があり、そのストレスの原因が慢性の痛みになることが、しばしば見られます。
逆にストレスが交感神経過活動を引き起こし、それが筋肉の硬直をもたらし、それによって生じた慢性の痛みがストレスとなって、交感神経緊張をもたらす悪循環を形成します。それぞれが助長し合うことになります。したがって、その悪循環をどこかで早期に断ち切る必要があります。
 鍼治療は鎮痛効果があり、その鎮痛効果が自律神経系、免疫系、内分泌系にフィードバックされ、生体のホメオスターシス(恒常性)の歪みを元に戻そうとします。
 東洋医学研究所®所長黒野保三先生は各種疼痛疾患について鍼治療と超音波の併用治療で約92%の有効率を報告されています(黒野保三先生の研究業績参照)
 鍼治療は副作用もありません。黒野保三先生の治療方法は神経生理学・解剖学の基礎実験から実証医学的に証明された裏付けのある治療方法です。
痛みを感じたら我慢せずに鍼治療を受けられることをお勧めします。

引用文献 下地恒毅:痛みをやわらげる科学 2011