ステロイド外用が誘発するかゆみ 東洋医学研究所® 外部主任 中村 覚 平成30年4月1日号
はじめに
私はこれまでのコラムの中で「皮膚」や「かゆみ」についてお話をさせて頂きました。
かゆみを主症状とする代表的な疾患にアトピー性皮膚炎がありますが、その治療の第一選択薬として使用されているのがステロイド外用薬になります。
ステロイド外用薬は、局所においてすみやかに炎症反応を抑えることができるもので、多くのアトピー性皮膚炎患者さんに処方されています。その反面、外用をやめるとすぐに炎症が元に戻るとか、皮膚炎がもっとひどくなる(リバウンドと呼ばれている)などの声を聞きます。
しかし、専門書、医学書にはステロイド外用薬中止後のリバウンドについての記載はあまりみられません。アトピー性皮膚炎は、慢性的なかゆみによって皮膚を掻破することが病態を長期化・悪化させていることから、かゆみが重要な因子であることは間違いありません。
今回は「ステロイド外用が誘発するかゆみ」についてお話させて頂きます。
ステロイド外用薬について
ステロイド外用薬は、1952年にGoldmanらによってコルチゾン酢酸エステルが外用薬として臨床で使われるようになって以来、今日に至るまでアトピー性皮膚炎やアレルギー性皮膚炎の第一選択薬として用いられてきました。
ステロイド外用の利点は局所に強力な抗炎症作用をもたらすことや内服ステロイドと比較して全身性の副作用が少ないことが挙げられます。我が国ではステロイド外用薬はその抗炎症作用の強度によりストロンゲスト、ベリーストロング、ストロング、ミディアム、ウィークの5つのランクに分けられ、専門医は患部の皮疹の重症度や部位によって適切なランクのものを判断し処方されています。
ガイドラインに従い重症度に見合ったランクの薬剤を適切に選択し、必要量を必要な期間使用する限りにおいて、アトピー性皮膚炎治療にステロイド外用薬は有効かつ安全な治療薬といわれています。逆に、非専門医による不適切な処方や患者さん独自の使用などによっては種々の副作用が出現するといえます。
リバウンドについて
2006年4月から2007年3月まで行われた、東洋大学理工学部応用化学科教授の安藤直子先生らの行ったアトピー性皮膚炎患者千人以上のアンケート調査によると、ステロイドを中止した際の回答で「自分のアトピー歴でもっとも悪くなるまで悪化した」「かなり悪化した」という人が83%であったと報告しています(図)。
この調査はステロイド外用薬などの標準治療の場から離れた患者さんたちの多くを対象としているため、アトピー性皮膚炎患者全体の状況を表しているわけではなく、かなり偏りがあると思います。しかし、対象者の98%の方が「ステロイド外用薬を使ったことがある」と回答しているため、最初からステロイドを理由なく拒否しているわけではないことがわかります。
このアンケート調査では、かゆみについても質問されておりますが、詳細な報告がないため確実なことはわかりませんが、皮膚炎悪化に伴うかゆみの増強は容易に想像できます。
ステロイド外用が誘発するかゆみ
慶応義塾大学薬学部教授・附属薬局長の山浦克典先生らの研究における、慢性皮膚疾患モデルマウスを用いた正常皮膚群、皮膚炎対照群、ステロイド治療群におけるかゆみの検討によると、ステロイド治療群は皮膚炎が著しく改善するが、ステロイド塗布期間に従って皮膚炎対照群よりも有意に掻破の亢進が確認されました。このステロイド反復塗布により誘発される掻痒の増悪現象を「ステロイド外用誘発掻痒」と呼ぶことになりました。
また、この研究において、ステロイド中止後に皮膚炎が悪化する「リバウンド」は確認されず、掻痒の程度も皮膚炎対照群以下まで改善し、ステロイド外用による掻痒の増悪は永続的に続くものではなく、ステロイド中止後には改善していくとの報告もありました。
この「ステロイド外用誘発掻痒」がアトピー性皮膚炎患者のかゆみを増強させ、見た目の皮膚炎が改善している間に皮膚を掻きむしることによって皮膚バリアを損傷することが「リバウンド」の一因になっている可能性もあると思います。
おわりに
今回は「ステロイド外用が誘発するかゆみ」についてお話させて頂きました。かゆみはアトピー性皮膚炎における主症状で、かゆみのコントロールが疾患治療において非常に重要であると思います。
鍼治療の鎮痛治効メカニズムの中には、中脳中心灰白質(PAG)を介した下行性抑制系の活性化によるものがありますが、かゆみにおいても痛みと同様に下行性抑制系の活性化によってかゆみを抑えることがわかってきました。また、局所のかゆみに重要な、ヒスタミンによって誘導されたかゆみや紅斑が、鍼治療によって減弱するとの報告もあります。
臨床の現場においても鍼治療を継続的に受けている患者さんの皮膚は色艶がよくなり、乾燥肌が改善、アトピー性皮膚炎が改善していくことを経験します。
かゆみには中枢性と末梢性がありますが、鍼治療がそのどちらにも作用してかゆみの改善に寄与しているものと考えています。
是非、かゆみを含めた皮膚症状でお悩みの方は鍼治療を受療されることをお勧めします。
引用・参考文献
・安藤直子著:アトピー性皮膚炎患者1000人の証言.2008
・アレルギー・免疫:特集「痒みのメカニズム2016」第23巻.第9号.2016