知って防ごう!動脈硬化Part3-手首の脈から得られる動脈硬化の新しい指標- 東洋医学研究所®グループ伸誠鍼灸院 院長 加納 俊弘
皆さんは動脈硬化というと何を想像されるでしょう。恐らくアテローム動脈硬化に代表されるように血管の内腔が狭くなり血栓や梗塞を起こしたり、血管の破錠をきたすといった病態を思い浮かべると思いますが、血管の老化はそのコンプライアンス (伸縮性)が失われること(arterial stiffnessという概念)も動脈硬化に含まれ、特にその影響を受ける大動脈のコンプライアンスの低下は全身の血行動態(血流速度や血流量)に大きく影響を及ぼし、全身の動脈硬化を進行させます。
橈骨AI(Augmentation Index)とは?
今回ご紹介する橈骨AIとは手首の脈から圧センサーを用いて脈波を抽出し、同時に上腕血圧を測定し中心血圧(大動脈起始部の血圧)を推察するもので、一般的な血圧測定では測れない指標でもあります。
東洋医学には重要な診察法の一つとして脈診というものがあり、同じく手首の脈を診るものですが、その表し方は複雑で客観性を欠くものでした。東洋医学研究所®の所長である黒野保三先生は、約30年前にこの脈診を客観的に捉える試みとして橈骨脈波を抽出し定量的に表すことに成功しており、原著論文として業績を残しています。
この業績を残すには脈診を正確に捉える技術と知識、その脈状からその頃のセンサーで定量的に捉えうるであろう脈の成分を選択し抽出する感性と能力を身に付けていなければならず、またそれを行うための幅広い技術的協力者がいなければ到底その成果は望めなかったと思います。
現在の圧センサーは30年前とは比較にならないほど感度、正確さとも精巧にできていますが、黒野先生の抽出した脈波は現在のものと遜色なく、いかに正確であったか、先生の論文からデータを一部抜粋(図1)させていただきました。
さてこれらの脈波は何が違うでしょう。年齢により脈波の形が違うのがお分かりかと思います。24才被検者の脈波は明瞭な2つの山がありますが、年齢が上がっていくほど2つ目の山が高くなり1つ目の山にくっついています。
図2は橈骨脈波と大動脈起始部の脈波の相関を表したものです。年齢に伴い血管が硬くなっていくとP2の部分が増大していくのがお分かりかと思います。この増大をAugmentationといい、増大した比率をAI(Augmentation Index)といいます。
簡略に説明いたしますと、上腕の最高血圧の値はP1の部分であり、中心血圧の最高血圧の値はP2であるため、血圧測定では中心血圧の値を知ることはできません。
最高血圧が120mmHgでも正常な人の中心血圧は100mmHg以下の人もあれば、動脈硬化の進んだ人は140mmHg以上という人もありうるわけです。
そこでAIを用いて中心血圧を推察することで動脈硬化の進行の程度やそのリスク、また薬剤の効果を診る方法とされるようになりました。
中心血圧はどうして高くなるのでしょう。大動脈は心臓から駆出された血液をそのコンプライアンスによって受け止め末梢血管に血液を圧力と量を保って送り届ける役目をしています、この作用をウィンドケッセル効果といいます。このコンプライアンスは種々の動脈硬化リスク(糖尿病・高血圧・脂質異常症・喫煙など)や加齢によって動脈を伸縮させる成分が変性しコンプライアンスは失われていきます。その結果、血流速度が上がり心臓が血液を駆出している最中に反射波として戻ってきてしまいます。その結果、心臓は一生懸命に血液を駆出することで中心血圧を押し上げることとなります。
中心血圧が高いと心肥大をきたし動脈硬化を加速する重大なリスクファクターとなります。特に心臓を養っている冠状動脈の血流は心臓拡張期に多く流れていますが、コンプライアンスの低下した大動脈は心臓拡張期の血流量が極端に減ってしまうため冠危険因子の一つとしても注目されています。
中心血圧を上昇させる大動脈のコンプライアンスの低下を防ぐためには生活習慣病の予防と治療、何より運動(有酸素運動)が中心血圧の降圧効果が高いことが証明されています。
また、高血圧症に対する鍼治療(黒野式全身調整基本穴)の効果が研究(研究室参照)によって認められています。是非、生活習慣病の予防と治療を目的で鍼治療を受診されることをお勧めします。
参考文献
1)黒野保三:脈波の分析と東洋医学との対応,全日本鍼灸学会雑誌31(4);359-363.(1982)
2)黒野保三:脈波の分析と東洋医学との対応(その2),全日本鍼灸学会雑誌33(3);266-271.(1984)
3)脈をどう診るか,株式会社メジカルビュー社,2003
4)動脈硬化予防,Vol.4,,No.1,2005,株式会社メジカルビュー社