幸福をまねく生活習慣 東洋医学研究所®グループ  栄鍼灸院 院長 石神 龍代

平成25年2月1日号
 

はじめに
 日本において昔から経験的に培われてきた生活の心得・生活習慣が心身の健康を保つための大切な知恵であったことが、1970年代に脳内にセロトニン神経が存在することがわかったことにより、科学的に明らかになってきました。
 今一度、人生は一日一日の積み重ねであることに立ち返り、セロトニンを増やす生活習慣を身につけて、幸福に暮らしましょう。

心は「脳」にある
 心は大脳辺縁系と大脳皮質の前頭前野にあるといわれています。
 大脳辺縁系には原始的な感情を司る中枢があります。また、人間には原始的な感情をコントロールして高度な幸福を得る機能があります。それを司るのが前頭前野です。
 たとえば「怒り」という湧き上がる原始的な感情をコントロールして、相手のためにおだやかな対処をするというのが人間の人間たるゆえんでしょう。
 こうした脳の各部を広範囲につないで、人間の感情や行動を決める重要な脳内物質とその神経系には、ノルアドレナリン神経、ドーパミン神経、そしてセロトニン神経の三つがあります。
 ノルアドレナリン神経が暴走すれば、ストレスに押しつぶされそうになってしまいますし、ドーパミン神経が暴走して「快」ばかりを求めると、依存症など特定の何かがなければ生きられない状態になったり、短絡的な結果だけを求めるようになります。これらのどちらに対してもブレーキをかけて、心を安定した状態に戻すのがセロトニン神経で、セロトニン神経が活性化することによって、ドーパミン神経やノルアドレナリン神経が適度に働くようになり、より安定した心の状態が維持されます。
セロトニン神経を活性化させると、具体的には
○朝さっと目覚める
○全身の筋肉や肌に張りが出て若さが保てる
○痛みに耐えられる、少々の痛みは気にならなくなる
○明るく元気でおだやかになる
○気分がさっと切り替わり、いつまでもこだわらない
○集中力が出る
○気分がはればれとし、少々のことでたじろがない
 など、若々しくはつらつとしているが落ち着いているという、理想的な心身が整います。

脳のしくみ
 脳は神経細胞の集まりです。脳の一番奥にあるのが脳幹で、人間の脳はその上に発達しています。脳幹の上に「視床下部」、そして「大脳辺縁系」、その上に発達した「大脳皮質」があります。
 脳幹は視床下部、大脳辺縁系、大脳皮質などの上位脳とも結びつき、影響を与えています。覚醒と睡眠を形成・制御して、脳全体、体全体の活動レベルを上げたり、休ませたりします。
 視床下部の上に大脳辺縁系(感情脳)があります。ここでは、喜び、悲しみ、怒り、恐れといったさまざまな感情が形成されます。意欲などの「快」と感じる情動を起こしたり、恐怖や不安などの「不快」な感覚を回避する行動を起こさせます。心の一つの中枢といえるでしょう。
 大脳辺縁系の上に大脳皮質があります。人間だけが言語をあやつり、計画的、あるいは社会規範にのっとった行動をとることができるのも、大脳皮質が発達しているおかげなのです。この大脳皮質のなかでも人間らしさに関係するのが前頭前野です。
 前頭前野は額の奥、大脳の前部にあって、大脳辺縁系(感情脳)をコントロールし、計画的な行動や、社会規範にのっとった適切な行動を実行する能力を持っています。感情脳と前頭前野は相互に作用しあう関係なのです。

脳の構造と機能

脳内の重要な三大神経系
神経の伝達の仕組み
 脳の神経細胞は軸索を伸ばして、次の神経細胞へ刺激(インパルス)を伝達します。刺激を伝達する接合部はシナプス間隙と呼ばれる部分で、ここに神経伝達物質を放出することで刺激を伝えるのです。神経の伝達をうまくするには、神経伝達物質の量が十分に出ていること、そして受け手の細胞の受容体の数、再取り込みの活動が正常であることが大切なのです。
危機を管理するノルアドレナリン神経
 ノルアドレナリン神経の出発点は、脳幹の左右の青斑核に左右対称に存在します。そして大脳皮質をはじめ、大脳辺縁系、視床下部、脳幹、小脳、脊髄など、広範囲の脳神経に軸索を伸ばし影響を与えています。
 ノルアドレナリン神経は脳内における危機管理センターのような役割を担っています。生命を危機に陥れる可能性のある各種のストレス刺激が、ノルアドレナリン神経を興奮させます。
「快」と「報酬」を司るドーパミン神経
 ドーパミン神経の出発点は、脳幹の左右の線条体に位置しています。ドーパミン神経は大脳皮質の前頭前野や大脳辺縁系などに軸索を伸ばして、ドーパミンを分泌しています。
 ドーパミン神経は何かをしたときに得られると期待する「快」や「報酬」と、その結果、実際に得られた「快」や「報酬」の量の差が大きいほど興奮します。報酬を期待しているからこそ、一生懸命働いたり勉強したりするのです。
リラックスしながら集中力を高めるセロトニン神経
 セロトニン神経の出発点は、脳幹の縫線核にあり、左右の脳の正中に位置しています。このことがセロトニン神経のバランスを調整するという性質を物語っています。縫線核の近くには呼吸、歩行、咀嚼などの生きるうえで重要な運動を司る中枢があり、セロトニン神経と深いつながりがあります。セロトニン神経は軸索を脳全体の広い領域に伸ばし、ネットワークを構築しています。
 脳の中に、心、自律神経、筋肉、感覚、大脳の働きにまで、つまり心にも頭にも体にも影響を与える神経があるということ自体が大変な驚きです。
  セロトニン神経はオーケストラの指揮者のように脳全体をコントロールしてバランスを整える働きを担い、意識や元気のレベルを調整する働きをしていて、リラックスしているけれど集中力はあるという落ち着いた脳の状態を作り出しています。
 
前頭前野と三大神経系
 三大神経系は高度な人間らしい心を担う前頭前野にそれぞれの軸索を伸ばして活動しています。前頭前野にある「仕事脳」の部分にノルアドレナリン神経、「学習脳」にドーパミン神経、「共感脳」にセロトニン神経が深くかかわっています。同時に各種のストレスもこれらの三つの脳と関係しています。
 不快な身体的なストレスを受けるとノルアドレナリン神経が興奮し、それは前頭前野の「仕事脳」を緊張させます。適度な緊張は仕事の能率を上げますが、緊張のし過ぎはあがりや硬さとなって仕事やパフォーマンスにマイナスになります。
 快の情動を誘発するドーパミン神経の興奮には、報酬が必要です。私たちは、さまざまな努力、すなわちよい成績、高い地位、豊かな生活などを求めて、一生懸命に努力します。その意味では、ドーパミン神経と「学習脳」は私たちの営みに大切です。
 「共感脳」と関連するセロトニン神経は、ノルアドレナリン神経の興奮し過ぎを鎮め、ドーパミン神経の暴走を食い止めて、心のバランスに大切な役割を果たします。愛情や共感については、見返りを求めない他人への働きかけがセロトニン神経には不可欠になります。
 このように前頭前野を構成する学習脳、仕事脳、共感脳と三大神経系は互いに深い関係にあります。

セロトニンを増やすには、生活習慣の改善から
 セロトニンを増やすには「不規則な生活」や「睡眠不足」などの現代社会の生活習慣を改善することが第一です。
 朝起きて太陽の光を浴び、適度な運動とバランスの良い食事を摂るなど、規則正しい生活を心がけましょう。
 また、セロトニン神経はリズミカルな運動によって活性化されるという特徴があります。最も基本的なリズム運動として、歩行運動、食事の際の咀嚼(そしゃく)、意識的な呼吸などのリズム運動があります。これらのリズム運動はセロトニン神経を刺激して覚醒状態を高める効果があります。

セロトニンを増やす生活習慣(日本はセロトニン活性化社会だった)
○朝は早く起き、夜は早く寝る
 セロトニン神経は日光の刺激で活性化します。
 人間の脳と体は太陽が昇ると活動するようにできています。
○じっとしていないで体を動かす
○一つのことばかり突き詰めて考えない
○家族にも他の人にも挨拶をし、なごやかにつきあう
○子供やお年寄り、弱い人をいたわって手助けする
○何事もほどほどを心がける
○食べ物はよく噛んで、バランスよく食べる
    セロトニン神経の出発点である脳幹の縫線核の近くには呼吸、歩行、咀嚼に関係する中枢があり、呼吸(腹式呼吸)や歩行、咀嚼によるリズム運動でセロトニンが増えます。
 セロトニンは、トリプトファンという必須アミノ酸から作られます。大豆や、豆腐、納豆、みそなどの大豆製品、赤身魚、チーズ、バナナなどに含まれています。昔ながらの日本的食生活でトリプトファンは充分に補えます。

セロトニンと付き合うコツ
 セロトニンと付き合うコツは、「長時間より長期間」。毎日30分のトレーニングを3カ月継続すると、脳が変わります。最終的には、神経の構造である自己受容体の数が変化しなければなりません。そのためには、毎日の継続した刺激が必要で、約3カ月すると、自己受容器の数がはっきりと変化してきます。毎日きっちり30分でなくても、最初は5分くらいから始めて、疲れている日は20分できりあげたりして、なんだかんだで3カ月続けているうちに、脳が変わります。脳が変わるということは、あなたが別人になっているということです。

おわりに
 東洋医学研究所®の黒野保三所長は満82歳ですが、現役で鍼治療に専念され、情熱をもって後進の指導に当たっておられます。まさにセロトニンを増やす生活習慣を継続され、毎日鍼治療を受けておられます。
 どうか皆さん、セロトニンを増やす生活習慣を身につけて、ますますストレスフルな現代を元気に幸福に暮らしていただきたいと思います。そして、予防医学の観点から、生体の制御療法としての鍼治療を定期的に受療されることをおすすめいたします。  

文献
1)有田秀穂、中川一郎、「セトトニン脳」健康法、講談社α新書、2012
2)http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/8686/serotonin4.htm