痒み十人十色 東洋医学研究所® 外部主任 中村 覚 令和2年1月1日号
はじめに
東洋医学研究所®ホームページが2003年に開設されてから続いておりますコラムですが、私が初めて担当したのが2005年12月号の「かゆみ」でした。それから、「スキンケア」「ストレスと掻破行動」「ストレスと掻破行動2」「人工透析患者さんのかゆみ」「抗ヒスタミン薬の効かないかゆみ」「ドライテクニック」「虫刺されのかゆみ」「ステロイド外用が誘発するかゆみ」と、かゆみに関するお話をさせて頂きました。今回のコラムは10回目となります。
すでに月日は10数年経過していますが、かゆみのメカニズムや治療の研究については、まだまだ不明な点が多く、かゆみには複雑な機構があることがわかります。
今回は、アトピー性皮膚炎などの痒みのある患者さんが日常的に感じる痒みに関して、下記の内容についてお話をさせて頂きます。
1.温もると痒くなるのはなぜ?
2.夜間に痒みが出やすいのはなぜ?
3.汗をかくと痒い?汗をかかないと痒い?
4.お酒を飲むと痒くなる?
5.熱をこもらせない肌着とは?
6.痒みって伝染する?
1.温もると痒くなるのはなぜ?
温熱刺激はアトピー性皮膚炎の痒み誘起因子として知られていますが、そのメカニズムは不明な点が多く、温熱で誘発される痒みは治療に反応しにくいといわれています。
温度と痒みの関係については、痒いところに熱いシャワーをかける、あるいは氷等で冷やすと痒みが止まることが多く、熱および冷刺激いずれも健常な皮膚においてヒスタミンの痒みを抑制します。
ところがアトピー性皮膚炎の痒みは、冷刺激によって抑制できますが熱刺激によっては逆に増強されます。つまり、アトピー性皮膚炎では熱刺激を痒みに感じる異常が生じているということになります。この現象は、アトピー性皮膚炎病変部の真皮に神経栄養因子アーテミンが蓄積し、皮膚過敏となり温感によって痒みが生じていると考えられています。
2.夜間に痒みが出やすいのはなぜ?
アトピー性皮膚炎等の患者の痒みは、日中よりも夜間に増加し、その結果睡眠障害を来すことが知られています。その原因としては、皮膚バリア機能の低下、痒みを引き起こすインターロイキン2の産生増加、抗炎症作用をもつ副腎皮質ステロイドの産生低下、深部体温低下をもたらすメラトニンの分泌低下などが考えられています。
また、夜間は自律神経のうち副交感神経が優位となり、健常人においては体温が低下して痒みが軽減することになりますが、アトピー性皮膚炎等の掻痒性皮膚疾患患者では、ストレス等の影響で夜間でも交感神経活動が優位となり、体温が低下しにくく、夜間の痒みの増強に繋がっていると考えられています。
3.汗をかくと痒い?汗をかかないと痒い?
汗には、天然保湿因子や、感染防御に役立つ抗菌ペプチドおよび分泌型IgAが含まれ、成熟した角層を形成することにも寄与します。また、発汗によって放熱し、体温を低下させることは痒みの抑制につながります。逆に、発汗量の減少は、皮膚温の上昇、皮膚乾燥を招き、痒みの誘導と増強を導くことになります。つまり、汗をかくことで痒みを抑制できることになります。しかし、健常人と比べアトピー性皮膚炎患者は、発汗しにくく、痒み刺激が発汗量自体を低下させることが分かっています。適切に汗をかくことができなければ、体温が上昇し、かゆみが増強することになります。
適切に汗をかけることは良いことですが、汗のメリットは時間の経過とともに損なわれ、皮膚表面に汗と汚れが放置されてしまうと痒みをひきおこしたり、皮膚症状を悪化させてしまいます。汗をかいたら、表面に残った汗は洗い流すか、おしぼりでやさしく拭うといった対策も併せて必要となります。
4.お酒を飲むと痒くなる?
アトピー性皮膚炎患者のなかには「お酒を飲むと痒くなる」ということがあります。私自身はアトピー性皮膚炎ではありませんが、「お酒を飲むと痒くなる」ことはよくあります。アトピー性皮膚炎では、健常人と比べてさまざまな要因(発汗、ウールとの接触や情動ストレス)により痒みが増悪することが臨床的に知られています。飲食物では熱いもしくはスパイシーな食べ物とともに、アルコールの摂取も痒みの増悪因子となることが報告されています。これらの食べ物やアルコールの摂取は共通して血流増加(末梢血管拡張)をおこすことから、本作用が痒みの惹起・増強に関与していると推測されています。
アトピー性皮膚炎モデルマウスを用いた研究では、アルコール(エタノール)摂取によって掻破様行動が顕著に増加し、エタノールが上位中枢(脳)に作用した結果生じるものと報告されています。
5.熱をこもらせない肌着とは?
上述したように、痒みは血流増加や体温上昇によって増強することから、肌着においても熱を放散できるものが良いと考えられます。熱放散には、①外気との温度差を利用して皮膚から熱を放射・伝導・対流させる「乾性熱放散」と②汗腺から汗を分泌させ蒸発させる「湿性熱放散」があります。肌着の着用はこれらに影響するため、熱放散をできるだけ促進し、体温の上昇を低く抑えて皮膚に熱をこもらせない肌着を選ぶことが重要になってきます。
綿100%とポリエステル100%を含む繊維組成の異なる種々の市販肌着についての調査では、綿の割合が多いものほど吸湿性は高いが、逆に速乾性は低くなることが示されています。
綿100%とポリエステル(PE)100%の実験衣(ゆとりタイプと密着タイプ)を用いて、90分間の下肢温浴実験における体温上昇の研究では、PE密着タイプ→PEゆとりタイプ→綿ゆとりタイプ→綿密着タイプの順で体温が上昇しました(図)。
綿製衣服の「ゆとり」と「密着」条件の影響
つまり、PE密着タイプが最も熱をこもらせない肌着となり、痒みを抑制できると思われます。また、綿密着タイプは最も熱をこもらせる肌着となるため、冷え性など人にとっては、良い肌着となります。では、アトピー性皮膚炎で冷え性の人はどの肌着が良いのかという問題が出てきますが、その場合は素材特性を理解して、個々人の目的に応じた適切な肌着を選択することになると思います。
6.痒みって伝染する?
「誰かがあくびをすると、つられてあくびをしてしまう」「会話している相手が笑ったら、自分も笑ってしまう」「食事中に相手が注文したものと同じものを自分も食べたく感じてしまう」など、無意識のうちに相手と同じ行動をしてしまうことがあります。このように他人の感情は、伝染することがわかっています。
そのメカニズムのひとつとして、私たちの脳に相手の意図や感情を自動的に察知するミラーニューロンシステムが備わっていることがあげられます。最近の研究では、痒みも伝染することが証明されており、この現象は「伝染性の痒み」と呼ばれ、健常人が掻破しているビデオや、昆虫の写真をみると痒みが誘発される、というものです。この傾向は、不安の強い、とくに神経症的傾向のある人に、より強く伝わりやすく、視覚的な刺激だけでなく、掻破している音を聴いただけでも、痒みが誘発されてしまうことがわかっています。
この伝染性の痒みは脳機能画像検査において、痒みを感じているときに活動する部位(島皮質、補足運動野、前頭前皮質、第一次体性感覚野)と同じ場所が、実際に活動が高まっていることが報告されています。また、アトピー性皮膚炎患者は健常人と比べて、さらに強い伝染性の痒みが伝達されることがわかっています。
この画像を見ていると痒くなりませんか?
おわりに
痒みは非常に不快な感覚で、増悪緩解因子は人それぞれに違いがあります。アトピー性皮膚炎などの慢性皮膚掻痒症の方は、複雑な要因によって日常的に強い痒みを感じています。ちょっとした工夫で痒みが少しでも楽にできれば良いと思います。
東洋医学研究所®及び東洋医学研究所®グループでは、全身調整を目的とした生体制御療法としての鍼治療を行っております。鍼治療を受けると、皮膚の色艶が良くなり、肌が潤ってきます。
是非、痒みを含めた皮膚にお悩みの方に鍼治療を受療されることをお勧めします。
引用・参考文献
・Visual Dermatology:痒み十人十色-がんこな痒みの仕組みと対処法-.第16巻11号.秀潤社.2017